若吉浩司(わかよしこうじ)、1964年生まれ、京都市左京区吉田出身。 1991年に「木工家に成るのだ」と志しバックパックの中に鑿と鉋を入れ渡米。 2006年に5人家族で帰国、2007年7月に京都府相楽郡精華町に木工所オープン。
1991年に「木工家に成るのだ」と志しバックパックの中に鑿と鉋を入れ渡米。 2006年に5人家族で帰国、2007年7月に京都府相楽郡精華町に木工所オープン。
道のり 高校卒業後、家具販売会社に2年間つとめる、配達や販売をする中で家具に着いて学ぶ。 初めて大工道具を手にしたのは、大駱駝艦という暗黒舞踏の野外劇場を建設する時だった。 以降大阪の舞踏集団、日本維新派の野外劇場を経験し、時と空間を創造する舞台に参加した。 大阪に移り、展示会の大工で生計を立て、派遣大工としてあちこちの木工所に通う事に成る。薄いベニアと寸角を使用し様々な形の物を図面通りに作り、そこで箱物作りの基本を学ぶ。当時はバブルの絶頂期で誰でもが稼げていたが、作っては壊しの繰り返しに矛盾を感じた。 88年に自転車で中国大陸からチベット/ヒマラヤ横断旅行 上海からカルカッタまで。 '88 自転車旅行上海〜インド 写真 ヒマラヤ越え 渡米 90年代初期作品 (Early '90s of my works in U.S.) 90年代後期作品 (Late '90s of my works in U.S.) 2000年代初期作品 (Early '00s of my works in U.S.) 現代家具作家サム・マルーフ 講義にて
道のり
初めて大工道具を手にしたのは、大駱駝艦という暗黒舞踏の野外劇場を建設する時だった。 以降大阪の舞踏集団、日本維新派の野外劇場を経験し、時と空間を創造する舞台に参加した。
大阪に移り、展示会の大工で生計を立て、派遣大工としてあちこちの木工所に通う事に成る。薄いベニアと寸角を使用し様々な形の物を図面通りに作り、そこで箱物作りの基本を学ぶ。当時はバブルの絶頂期で誰でもが稼げていたが、作っては壊しの繰り返しに矛盾を感じた。
88年に自転車で中国大陸からチベット/ヒマラヤ横断旅行 上海からカルカッタまで。
'88 自転車旅行上海〜インド 写真 ヒマラヤ越え
渡米
90年代後期作品 (Late '90s of my works in U.S.)
2000年代初期作品 (Early '00s of my works in U.S.)
現代家具作家サム・マルーフ 講義にて